どこから飛んできたのか、宙を舞っていたチラシが私の足元に落ちた
目に飛び込んできた文字が気になり拾ってみれば
お部屋探しなら「マユー・シャ・カイホーム」へ
「部屋探し・・・。」
なんという偶然だろうか
だって私は今、これから新しく住む家を探していたのだから
チラシの中に書いてある言葉は私の条件とぴったりだ
日当たりがよく、バス・トイレ別
ユニットバスは好みではないので、このバス・トイレ別は絶対的な条件だった
この住所・・・ここから結構近いな
よし、散歩がてら見に行くとするか
.。o○
閑静な住宅地に建つ高級そうな・・・う~ん?これは城??
どう見ても城だよなぁ
賃貸という言葉と無縁そうな豪華さに気後れしたが、意を決し庭から見学をすることにした
「なるほど、城の庭に離れがあるのか・・・離れに住めということなのか?」
中を見学させてもらおうと離れに近づいてみる
「いらっしゃいませ、お部屋を探しにいらした方ですか?」
声のした方を振り向けば、背筋がピンと伸びたメイド服姿の女性が立っていた
え・・・いつから、そこにいたんだ?
手を伸ばせば届く距離に人がいた、ということに驚いた
なんの気配も感じなかったぞ・・・。
「現在、こちらのお部屋と奥のお部屋が空いております」
女性の喋り方は抑揚が無く、その表情も仮面を被ったかのように無表情だった
その姿に、なんともなしに違和感を覚えるが、いつまでも女性の顔を見ているのもばつが悪い
慌てて視線を横にある部屋に移すと窓から部屋の様子が伺える
「ほお・・・なかなか良い部屋じゃないか」
・・・にげて・・・。
「えっ?」
何か言ったのかと女性の顔を見るが、相変わらず無表情のままだ
気の所為か?
「こちらのお部屋はバス、トイレはありませんが完全な個室となっております」
「ちょっと待て、いったいなんの冗談だ。チラシにはバス・トイレ別と書いてあるんだが?そもそも風呂とトイレが無くて生活できるのか?」
驚いて少し大きくなった私の声に、表情を全く変えずにいる女性に更なる違和感を感じる
「安心してください、どちらも城内にあります。バス・トイレ別、建物が別って意味ですわ」
なんだそれ・・・たちが悪い冗談の様な内容・・・。
おかしいだろ・・・。
だまし討ちにあったような気分になり、他の部屋を探そうと思った時に囁くような声が耳元でした
・・・ここは座敷牢・・・。
「えっ?」
また声が聞こえた・・・辺りを見回すが、目の前にいる女性と自分以外の姿はない
どういうことなんだ・・・。
「城内に主がおりますので、詳しいことは主とご相談ください」
悩む姿の私の様子などお構いなしに、急かすように女性が城の方に身体を押していく
女性とは思えないほど力がある
「おいおい、私はまだ借りるとは・・・」
「主とご相談ください」
繰り返す女性の言葉に仕方なく私は城の扉を開いた
.。o○
部屋に入った私の喉元に外の冷たいものが触れた
「ようこそ、私の世界へ」
冷たいけれど透き通る・・・聞き覚えのある声の方に目を凝らす
明るい外に居たために、暗い部屋だと目が慣れない
目を凝らしていると女性の姿がはっきりと私の目に写った
「貴様は何番目のわたしだろう?」
頬が皮肉げに緩む
更に、目が慣れてくると、自分の首先に触れている冷たいものが剣の切っ先だと気づく
「お前・・・魔勇者・・・なぜ、ここに?いや、ここはどこなんだ」
「なんだ、聞こえなかったのか?ようこそ、私の世界へ」
今度はゆったりと嘲笑するかのような声と共に、剣の先で私の喉元を軽く撫でる
「っ!」
喉を温かいものがつたう
「ほお、赤いな・・・貴様の血は赤いのか」
楽しいものを見つけたかのような笑みと共に、魔勇者の声が部屋の中に響き渡る
「ここは私の世界だ!ここでは私がすべてだ!そう・・・私が世界なんだ!!」
その言葉とともに、目の前に居た魔勇者の姿がかき消えた
幻だったのか?
自分の首筋をつたう血を右手で拭う
手についたそれを目で確かめる
いや、現実か・・・。
─私の世界へようこそ
いったいどういう意味なんだ
誰も居ないシーンとした部屋
どっちにしろ、こんなところには住めない
「ここに用はないな」
踵を返し扉に手をかけるがピクリともしない
「開かない・・・どういうことだ」
『先ほど言っただろ?ここは私の世界だ!出ることは叶わぬ!私に跪くがいい!』
姿は見えぬが声だけはハッキリと聞こえた
魔勇者の世界だと?ここにきて始めて、私は部屋の中を見回してみた
部屋の奥に進んでみれば、ベッドの奥に大きめの窓がある
ガラスを割れば出ることができるのでは?
「扉が開かぬというのなら、別の出口を作ればいい」
傍にあるイスを窓に振り下ろそうとした時だった
窓の外に稲光がはしる
外は嵐だった
次の稲光で辺りが照らされる
どういうことだ?外にいた時は快晴だったのに・・・。
いや、先ほどまでの風景と窓の外は何かが違う事に気づいた
「これは、いったい・・・ここは・・・。」
『私が作り出した世界だ!許可なしに出ることは叶わぬ!この場所で足掻くがいい!・・・どっちにしろ貴様など消えるだけだ。私の一部になることを光栄に思うがいい』
ほお・・・ここは魔勇者が作り出した世界だというのか?
部屋の中をもう一度見回せば、前方に突如として執務室が現れた
魔勇者の後ろ姿が見える
『どの本を調べても私が覚醒するすべはない・・・なにか方法はないのか?・・・そうか、奪えばいいのか・・・絶対に奪ってみせる、貴様の力・・・。』
これは・・・見えているのは、過去なのか?
魔勇者の記憶?
今度は後ろの方から何者かの気配がする
振り返った私の前には魔勇者が二人
二人だと?記憶ではないのか・・・。
二人の魔勇者が、同時に私の喉元に剣を突きつけてきた
そして同時に口を開く
『剣で貫かれるのは痛いぞ?貴様がどうしてもこの剣の錆になりたいというなら、この先に行くがいい』
窓から射し込む稲光が、二人の魔勇者の顔を照らす
どちらも口元が皮肉げに歪んでいる
魔勇者の後ろには階段がある
その先を見つめるが、暗くて見通せない
「この先には何があるというのだ・・・。」
見えないものに躊躇していても状況は何も変わらない
むしろ悪くなるのかもしれない
意を決し、二人の魔勇者の間を通り階段に近づくと魔勇者達の姿が消えた
そして新たな気配が階段踊り場に現れた
『貴方は私が倒します!』
勇者が剣を構える
『笑止!一人では戦えぬ貴様ごときに私が負けるわけがない!私は一人でも戦える!貴様も一人で戦ったらどうだ』
真勇者の剣が勇者の喉元を狙うが、勇者の剣がそれを弾く
『皆の力を合わせてこそ、立ちふさがる強敵に勝つことが叶うのです。手を携える者がいることは幸せ』
『ふん、世界は支配するためにある!』
魔勇者の剣が、今度は勇者のこめかみを狙う
勇者の剣がまたしても弾く
『いいえ、違います。世界は手を取り合うために、手を結ぶためにあるのです!』
『ふん、甘いことを!貴様とは永遠に平行線のようだな』
『残念ですが私もそう思いました。世界は一人ではない!大勢の仲間がそこにいるのですから」』
勇者の周りにたくさんの燐光があつまってくる
その身体が燐光によって輝き出した
そこから目をそらした魔勇者が、声のトーンを落として吐き出す
『ふざけるな!仲間などいらぬ!ここを支配するのは私だ!そう、光などいらぬ・・・光など・・・』
これは・・・勇者と魔勇者の戦いの再現・・・なのか?
いや、違うな
ここは魔勇者の心だ
魔勇者すら知らない
知り得ない、心の奥底に眠る世界なのかもしれないな
私は本当に魔勇者の世界・・・心の中に閉じ込められたのか・・・。
さて、自分がいる場所がわかったとはいえ、ここから脱出する方法は見つからない
更に階段の先を見る
やはり真っ暗だが、これまでを振り返れば、前に進めば魔勇者の中にあるものが顔を出してくるはず
「最後まで見てやろうじゃないか、魔勇者の心の中とやらを」
ゆっくりと階段に足を踏み出していくと、上りっきたところで再び新たな気配が現れた
『ねえ、お茶でも飲まない?美味しいお茶をいれたの』
テーブルの上には、香りの良い琥珀色の液体が注がれたティーカップが置かれている
「この紅茶は、お兄様のお土産なの」
クスクスと可愛らしい笑い声とともに、目の前の椅子に座ったのは・・・。
これも魔勇者・・・。
勇者に憧れる・・・魔勇者の姿か
『ふざけるな!こんなのは私ではない!私に兄など居ない!消えろ!消え失せろ!!』
怒鳴り声と共に見えてた光景が霧散する
どうやら最初に会った魔勇者は、私と同じものが見えているようだった
魔勇者の動揺が私にも伝わってきた
なるほど・・・ここは魔勇者の世界ではあるが、主である魔勇者すら手出しができないのだろう
己が見たくないものを、突きつけられる場所だから姿を表さないのか?
.。o○
次に私の前に現れたのは
鏡??
鏡の前に立つ魔勇者
そして鏡に映るのも魔勇者
『なんだ鏡か・・・いや、違う!これは鏡ではない!目が赤い!貴様は誰だ!』
『私はお前だ』
鏡に映る魔勇者がニヤッと笑う
『お前は覚醒も出来ないできそこない、私がお前の代わりにそちらに行こう』
鏡の中の魔勇者が鏡の外の魔勇者に剣を突きつける
『ふざけるな!ここは私の世界だ!貴様など出る幕はない!』
こちら側にいる魔勇者も同じように、鏡に向かい剣を突きつける
『本当にそうかな?そこはお前の世界かな?お前の世界はここかもしれないぞ?なあ、苦しいのだろう?
覚醒出来ない自分が惨めなんだろう?そのような辛い場所からこっちにこないか?楽になるぞ?』
鏡の中の魔勇者の囁きは空間全体にねっとりと絡みついてくる
傍観者である私にも絡みつく言葉
油断すると取り込まれそうになる
『黙れ黙れ黙れ!・・・ここは私の世界だ・・・貴様など消え失せろ!!!』
その力強い声に鏡に写っていたモノが霧散する
魔勇者の構えていた剣が鏡に突き刺さり、ピシッという音と共に罅(ひび)が入る
突き刺した剣を抜かず、その場に崩れ落ちる魔勇者
声をかけてもいいものか迷う
自分の言葉は届くのだろうか?
.。o○
そもそも、魔勇者とはいったいなんだろう?
勇者の偽物?擬物(まがいもの)?
マデサゴーラが作り出した勇者の代わりの人形
勇者としての動きをインプットされてるわけではない
人形は意思を持っていた
偽物として作られ、そこには意志がある
己で考えることが出来るものを人形とはいわない
人形ではないのに、いつまでもそこから抜け出せずにいる
自分に足りないものを求め、足掻きつづけている
・・・たりないものか・・・。
誰にともなく、話しかけるように言葉をかける
「なあ、魔勇者よ・・・お前が好んで付けた魔勇者という名前
《真勇者》とも書くことが出来ることに気づいてるか?
返事など期待せずに一方的に話しかけている私に、目の前で座り込んでいる魔勇者が応える
『真・・・勇者・・・』
「そう、真勇者だ・・・真(まこと)の勇者だな」
『真(まこと)の勇者・・・』
「お前が偽グランゼドーラを勇者として治めていた時、城壁から落ちそうになっていた街の子供を助けただろ?あの子供に頼まれたんだ、お前と会うことがあるなら渡して欲しいと」
私は、手のひらに乗る緑の小箱を差し出した
魔勇者の手に渡ると箱はまたたく間に大きくなり、それを大事そうに抱えこむ
『これは・・・すごく、温かい・・・この温かさはなんだ?』
穏やかな顔を見て私は決心した
今なら・・・言える
「なあ、魔勇者・・・お前には足りないものがあるはずだ」
静かに語りかける私の声に、魔勇者の顔が険しくなった
『貴様も・・・貴様も、同じことをいうのか!!私が出来損ないだと!!!』
持っていた箱を投げ出し、剣をかまえる魔勇者
その顔は、声は、怒りに満ちていた
『許さない!』
気づけば私は魔勇者と正面から対峙していた
ゆっくりと語りかける
お前は人に恨まれても仕方がないようなことをしてきた
それはお前がやってきたことだ、覆すことはできない
だが、それと同時にお前にしかできないことをやり、人から尊敬されもしたんだ
『うるさい!貴様はなぜ、剣を持ってないのだ!私と戦うために!私を消滅させるためにここに来たのではないのか!!私に足りないものを嘲るためにきたのだろう!!!』
私はお前と戦うつもりはない
私は両手を下ろし、戦意が無いことを身体で示した
『・・・貴様は誰だ』
私に戦う意志が無いことが伝わったのか、魔勇者から吹き出していた怒りが静まった
「私はお前だ。いや・・・正確に言うと、お前から抜け出した心だ。私を探していたのではないか?自分に足りないものを懸命に探していた。きっと足りないものを勘違いしていたのかもしれない・・・」
魔勇者の不審げな瞳が話を続けろと急かす
相変わらず剣は構えたままだが、少しは私の話しを聞く気になったようだ
「これは私も最近知ったばかりなのだが、どうやら私はお前から抜け出した良心というものらしい。ああ、怒るな怒るな。元は一つだというのに、なんでお前はそう怒りっぽいんだ?ああ、そうか私がお前から抜けたからか・・・」
一人納得して私が頷いていると魔勇者の切っ先が私の心臓を狙う
「本当にお前は怒りっぽいな・・・元が同じとは思えないが・・・。なあ魔勇者、元は同じものでも通る道が違えば思考や思想も変わってくる、それが個性というものだ。私の個性、お前の個性、そして勇者の個性。すべて違う道を歩み、備わったものだ。お前はなぜ、そこまで卑下しているんだ?勇者となりきれなかった己を・・・まあ、私が抜け出したせいもあるんだが。そこまで卑下する必要はないのではないか」
魔勇者から怒りが再び湧き出した
が、私はこの勝負に勝ったと確信した
そう、私は魔勇者から抜け出した良心
そして策略も私に付いてきてしまったのだから
己がわかり、相手がわかれば自ずと取るべき行動は導き出せる
.。o○
ここから私と魔勇者の攻防が幾日も続いた
難攻不落の魔勇者という城を私が攻略するのだ
魔勇者は深窓姫君のように身持ちが固い
私と一緒になることを、頷いてくれないのだ
もうちょっとで頷くか!というところでヒラっと身を翻し、元の頑固者に戻ってしまう
何度も何度もアタックを繰り返し、やっと扉が開いたと思ったら目前でピシャっと閉められる
本当に面倒なやつだが、いいじゃないか
曲がりなりにも、この私と一つになろうという存在だ
手こずるぐらいが丁度いい
そんな私の考えなどつゆ知らず、魔勇者攻略から数日経ったある日のこと
『本当に貴様はしつこいな・・・そんなに私と一つになりたいのか・・・。言っておくが貴様を吸収するのは、この私だ!貴様という存在がなくなるんだぞ!それでもいいなら・・・よかろう・・・望みを叶えてやる』
「おお、やっとその気になってくれたのか!大丈夫、私は吸収されても構わない。むしろそのほうが面倒がなくて助かるかな」
『変なやつだ・・・。』
呆れたような魔勇者の顔を見ていると、なんだか嬉しくなってくる
私と魔勇者は向かい合い、お互いに右手を差し出す
ふれるかどうか、という状態で気の交換を始める
お互いのパワーがゆっくり、ゆっくりと一つになっていく
大きく、大きく膨れ上がる力が限界点に達した時、光が生まれた
私と魔勇者、二人の中にあった光はぐんぐんと大きくなり
そして私達を包み込んだ
世界が一つ、この瞬間に生まれたのだ
私達は一つになった
魔勇者は私の中で眠っている
こうなることはわかっていた
時が来れば起きるだろう
あの皮肉な笑みを今度は私が浮かべてみようか?
そして魔勇者に、こう言うんだ
『ようこそ、私の世界へ』
ここはお前の世界ではない
私の・・・そう・・・私、クマリスと魔勇者
二人の世界だということを
.。o○
誰も居なくなった空間に、背中に翼が生えた二人の男性が突如現れた
「どうやら上手くいったようですね」
「お前もよく考えるな・・・マユー・シャ・カイホーム(魔勇者開放夢)とか・・・」
※ハウジング記事に書いたものです