水中都市シュネザード

みくるんワールド

 

水中都市シュネザード

この辺りには古い遺跡が点在している
その中の一つ、深い森の更に奥にある遺跡では、いにしえの水中都市の幻を見ることができるという噂に僕は興味をもった

いくつもある難所を通り抜け、たどり着いたそこ
森の中にぽっかりとあいた空間の奥には澄んだ水を湛えた泉があった

お、先客がいたのか
灰鼠色のコートに身を包み泉のそばに座り込んでいる人がいる
「こんばんは、あなたも噂の水中都市に興味があるのですか?」

「こんばんは」
いっときの間があき、返ってきたその声に驚いた
フードを目深にかぶっているので男女の判断がつかなかったけれど涼やかな女性のものだった

僕の方を振り返らず、水面に視線を向けたままの女性は「これ以上声をかけるな」そんなオーラを発しているようで、僕は女性から少し離れた場所に座り水中都市の幻が現れるのを待つことにした

四半時ほど経過した頃、それまで無言だった女性が唐突に声を発した
「水中都市の幻が姿を表す条件は3つ。その条件すべてがあてはまる100年に一度の満月の夜・・・光輝く月のもと・・・」

泉を見ていた女性の気配が突然変わった
黙り込んだ彼女の視線の先、水面に僕も目をやる
「あっ」
穏やかだった水面が静かに揺れている
ゆらゆらと揺れる水面の奥に色が・・・。
色があふれる
揺れがおさまった水の底に鮮やかな水中都市の姿が見えた

「凄い・・・これが水中都市なのか」

はるか昔の都市なのに近未来的なフォルムだ
そこには今とは違う異世界のような景色があった

「水中都市シュネザード。中央にある蒼き炎のゆらめきと、その粒子、後ろにある赤き石。街に流れる数種類の水の力により、地上と同じように生活ができる水中にある楽園」
泉から目を話すこと無く女性は静かに語り始めた
「そんな繁栄を極めた水中都市シュネザードに、突然終わりの時がやってきた。たった一人の少女の・・・過ちにより」

「恋に溺れた少女は甘い言葉を囁かれ、都の守りである蒼き炎と赤き石、この2つを持ち出して旅人に渡してしまった
突然、炎と石の加護を失うシュネザード・・・残された水の護りだけでは人々が生きるすべは無い・・・死は目前に迫っていた・・・」

女性がゆっくりと立ち上がりフードを脱ぐ
流れる銀色の髪が美しい
泉から僕の方に目を向けてくる、それはすべてを見透かしてくるような強い視線だった

一瞬の間、時が止まったように感じた
軽く頷いた女性の目が、再び泉の中に出現した水中都市に向かう
「死へのカウントダウンから逃れるすべのない、シュネザードの人々の悲鳴が女神の耳に届いた
女神の視線の先には今にも水に飲み込まれようとしているシュネザードの姿だった」

『あぶない!』

「とっさに時を止める女神
時の重圧が女神の身体にのしかかってくる
神とはいえ、ほんの僅かな時しか止められないのだ・・・
時間がない、彼らを早急に安全な場所に移動させなくては・・・」

焦る女神は気づく

『ああ・・・そなた達を安全な地に移動させるにはわたしの力がたりない・・・。』

「思案する女神に一つの案が浮かんだ」

『そうか、我が眷属の姿に・・・小さき生き物にすれば・・・』

「その美しい真っ白な手を振り下ろせば、目の前にいる街人たちの姿が次々と蝶へと変化していく
変化した蝶の誘導を配下に任せ、自分は蝶たちを守る場所を、空間を作り上げていく」

「あらかたの蝶を、門の向こうに送り届けたのを確認した女神の視線は自分の足元に
そこには両目を赤く染め涙を流し続ける少女と、その母が跪き頭をたれていた
女神は威厳のある声で少女に声をかける」

『そなたには、これから長い旅に出立してもらう。それは苦難の道となるはず。だが罪のないシュネザードの人々はそなたが救わなければならぬ。皆を元の姿に戻すのだ・・・』

「己の犯した罪の重さに今にも押しつぶされそうな少女には、女神の言葉も耳に届かない
震え、涙を流し続ける少女の頭上に女神の手が伸びる」

『そなたの記憶を封じよう。困難に打ち勝った時、戻すことにしよう』

「少女の記憶を封じるのは女神の優しさ
あまりにも重い罪を犯した少女
その心はまだ未熟
ガラスの心がが壊れる前に記憶を封じ、逞しく成長した時に
重い記憶を受け入れられるようになった時に封印を解く

少女の隣で跪き頭をたれている女性に視線を移す」

『母であり、シュネザードの主でもあるそなたには、ここにある門を守って貰う。娘が帰るその時まで、そなたが民達の静かな眠りを守るのだ』

「最後の蝶が大きく頑丈で繊細な細工がなされた大門の中に入っていくと、その門はゆっくりと閉じられた」

『暫しの間、娘が戻るまで待つがいい』

目を閉じ、美しい声が紡ぎ出す話を聞き入っていた僕が目を開けると・・・そこには誰もいなかった

え・・・女性は何処に?
辺りをみまわすが、周囲は人影一つなく静寂に包まれている・・・。
これは・・・水中都市が紡ぎ出す夢を見ていたのだろうか?
唖然としている僕の耳に柔らかな言葉が届いた

『語るものがいなければ、それは忘れられた物語となる。語り継いでほしい、二度と同じ過ちを犯すものがでないように』

空から降ってくる、優しさ、悲しみ、そして慈愛に満ちた声にハッと気づく
もしかしてこの声は・・・女神??

『・・・それが私の願い・・・』

その言葉を最後にもう声は聞こえなくなった
静まり返った遺跡にいるのは僕だけだ

女神の願い・・・。

乗ってきた馬にくくりつけていたリュートを降ろし、軽く音を爪弾く
美しい音色があたりに響きわたる
指で弦を弾いていく

語り継ごう
それが僕の役目なんだと・・・あの美しい女性・・・いや、女神に託された物語を、忘れられた物語としないために・・・。
この、青の物語を・・・。

 

 

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