【狂気のゼンマイ技師】
この世に神などいない
そんな事は、あの流行病で妻が逝った時にわかっていたさ
妻が何をしたのだろう?
娘と私を第一に考え、私達のことを全力で愛してくれる人だった
自分のことより他人に気を使う、家庭的で心優しい人だった
街中の人から愛されるお茶目な顔も持っていた
そう、彼女はこの街で誰からも愛されていたんだ
そんな幸せは一生続くものだと思っていた
『教会の御神体のモデルになんかなるから罰があたったんだ』
隣町から来たあの男の口から出てきた言葉に怒りがこみ上げてきた
『いい加減にしないか!葬儀中だ!口を慎みたまえ!!』
酒場の主人の声が男を叱咤する
男の赤らんだニヤつく顔に手が伸びそうになった時、握りしめた拳を側にいた小さな手が握りしめてきた
小さく可愛らしい手の主は両手で私の拳を包み込むと、ゆっくりと顔をあげた
『パパ、神様はママに罰なんてあてないよ。街の皆が言うとおり、ママは神様に愛されすぎちゃったんだよ』
涙を必死に堪えながら、私の側に寄り添ってくれる妻に生き写しの子
そう、妻が私に残してくれたひとつぶだね
この子は・・・。
自分だって辛いだろうに・・・。
妻をなくして嘆くことしかしていない私を娘は賢明に支えようとしてくれている
そうだ、私にはこの子がいる
私たちの愛する娘が・・・。
妻がいない世界などに未練などない
妻の側に行こう・・・と一瞬でも考えた自分はなんて愚か者だ
私にはこの子がいたのに・・・。
この愛する娘のことを忘れていた自分が許せない
『ねえパパ、天使様を見て』
教会の天使像に娘の視線が移った
それは妻にそっくりな顔で微笑む天使像(御神体)だった
『寂しくなったらいつでもここにいらっしゃいって、この天使様も思ってるはず。
さっき町長さんともお話してたの
ママのお墓はこの街の一番高い所にって・・・賛成してくれるかな?』
『ああ、そうだね。あそこから昇る月を見るのがママは大好きだったからね』
『うん、街の皆も賛成してくれたんだよ』
娘からこぼれ落ちた涙を私は指ですくい上げ娘とともに妻のお墓を建てる場所を見る
娘と一緒に頑張ってお前の分も生きていくから見守ってくれると嬉しいな
一陣の風が吹く
それは妻の好きだった香りを纏っていた
そんな優しい娘まで運命は私から奪い去った
母親を亡くし自分も辛いのに一生懸命私を支え助けてくれたあの子を・・・。
『奥さんと娘さんは・・・神に愛されすぎたんだ・・・。
だから神様が二人を側に置きたくて・・・。』
「神?神だと???」
机の上に乗っている書物をすべて払い床に落とす
「ふざけるな!私から二人を奪うなど神のわけがない!
いや、神でであろうと許さない!!」
作業台の上にある、作りかけのゼンマイ人形の頭部分に目がいく
穴のあくほどそれを見つめ続けると脳裏に突如浮かんだ考え
口の端が上がった
「フッ、アハハハハハハ」
更に込み上げてくる笑い
「なにが禁忌だ!」
部屋中に散らばる書物の中で私は笑い続けた
「妻も娘も神に愛された??愛されすぎて連れて行かれた??ならば私が神になればいいじゃないか!神になって二人を取り戻せばいいんだ
あの二人を一番愛しているのはこの私なのだから!」
いつまでも部屋に響き渡る枯れた笑い声
それは、とあるゼンマイ技師が狂気に染まった瞬間であった
END